前回に引き続き、「定年後の人生を変えるアドラー心理学」からのお題。

今日は、「現役バリバリの友人をひがむおじさん」の悩みを取り上げてみたい。



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2019042301


2年前に定年退職した加藤氏(62歳)のケース
マスター:何かあったんじゃないですか?
加藤氏:わかりますか?(中略)実は昨日高校の同窓会に出てきたんですよ。(中略)集まった連中で仕事をしてないのは自分ぐらいでしたよ。
(中略)
マ:そんな友達に会っちゃうと働きたいって思いますか?
加:私は、再就職でうまくいかなかったので、あまり働こうとは思わないですね。ただ、あいつらがうらやましい……。
(中略)
マ:これまでも同窓会には出てたんですか?
加:うん、ずっと出ていましたよ。でも、(中略)退職してからの今になって、社会的地位や財力の差が際立ってきたんでしょうね。それで嫉妬やひがみの感情が起こった。
(本書P34-36)

定年後も働き続ける人を見て、うらやましいと思ってしまう感情。

わからないでもないんだけど、共感は全然できない。

そんな風に感じていたら、セミリタイアなんてするわけないもの。

定年まで働き続けることだってできたのに、それよりも途中下車の方がいいと思ったのだから、嫉妬やひがみの感情など起こりようがないのだ。



本書ではこのあと、マスターの見事なカウンセリングにより、加藤氏の問題は解決する。

ここで出てくるのは、前回と同じ「量的な成功」「質的な幸福」だ。

現役の人と張り合ってしまうのは、リタイアしたのにまだ「量的な成功」を追っているから。

自分だけの「質的な幸福」に切り替えれば、他人と比較する必要がなくなる、というわけ。

加藤氏の場合は、「家庭菜園に力を入れよう」という結論になっていた。


定年まで働きづめで、定年を迎えたあとでも現役の友人に劣等感をいだくような人が、家庭菜園でどうにかなるとは思えない。

何もやらないよりはマシだけど、いっぱい野菜を作ってみたところで、友人たちの肩書や財力を目の前にしたら、「やっぱりうらやましい!」と歯噛みしそうだ。

社会的成功者への嫉妬を跳ね返すぐらいの家庭菜園って、どんな規模なのかな?

裏庭レベルじゃだめでしょ。

プランテーションぐらい大きくないと。

あんまり解決策になっていない気がするわ。



これはもう、別の土俵を探すんじゃなくて、他人に対するスタンスそのものを考え直した方がいい。

それは、感謝だ。


私が幸せな毎日を過ごせるのは、一生懸命働いて社会を支えているたくさんの人たちのおかげ。

「働かざる者食うべからず」という価値観が強いからこそ、そこから逃げ出したセミリタイアというマイノリティでも、生きていくことができるのだ。

みんなが「オレもセミリタイアするっ!」なんて言い出したら、日本は大変なことになるよ。

だから、今日も懸命に働いている人への気持ちは、感謝しかない。

嫉妬? ひがみ? そんなことを考える卑屈な自分を恥じなさいったら。



というわけで今日も平日の街に繰り出し、映画を観てピザを食べて、明るいうちに帰宅した私。

映画を見せてくれた札幌シネマフロンティアの人、マルゲリータを焼いてくれた大丸の人に感謝だ。

みんな、どうもありがとう!


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