(「ちきりん『未来の働き方を考えよう』に共感の嵐」の続き)


昨年末に読んだ、「未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる」

「40代で働き方を選び直す」というのが、この本のメッセージだ。

これを実行に移すための心構えに、これまた共感したので、今日はその話を記事にしたい。



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2018012201


私も45歳でセミリタイアするまでに、いろんな障壁があった。

お金や社会的地位などの後ろ盾となっていた会社から離れる恐怖は、その際たるものだったかも。

保守的な業界の安定企業に勤める、年収が高く貯金のある人ほど、解雇や失業、転職を怖がっているように見えます。彼らが組織を離れることが怖いのは、経済力がないからではなく、周りにそういう人が少ないからでしょう。
さらに、そういう組織で最後まで勤め上げた親や転職経験のない上司が、「組織を離れたものすごく大変な目に遭うぞ」と脅します。彼ら自身は一度も外に出たことがないのに、「外は怖い、すごく怖い」と煽るのです。
(P162-163)

これはその通りだけれど、仕方のないことでもある。

私だって、大企業に守られた生活を自ら捨てて、自分の足だけで歩いて行くのは怖かったもの。

その辺、何も考えずに、「えいや!」で飛び出したわけじゃないからね。


ただ、それほど大したものではないことも、セミリタイアした今ではわかっている。

補助輪を外した自転車に乗るのも、プールサイドから水に飛び込むのも、未経験の間はものすごく怖いけれど、一度経験すれば、なんのことはないとわかります。寧ろ怖いのは、何があってもやめられないという不安感を人質にとられ、止めどなく伸びる定年年齢まで働いているうちに、人生が終わってしまうことでしょう。
(P163)

確かに、仕事をやめる時期を会社任せにしてしまって、人生の舵を自分の手に取り戻す前に死んじゃったら、これは後悔しかないだろうなあ。

死ぬ瞬間の5つの後悔」の記事でも書いたけど、「働きすぎなければよかった」なんて、絶対思いたくないもんね。

普通の人はいろんなことが不安で、人生にやたらと保険をかけます。(中略)常にブレーキに足をかけ、アクセルを全開にせずに人生を運転します。進みたい道があってもよくわからない道、地図に載っていない道には足を踏み入れない。「危ないかもしれない」からです。
普通の人がそういう不安に怯えるのは、本当の不安を知らないからでしょう。本当の不安とは、人生が終わる瞬間が明日にもやってくるかもしれない、ということです。
(P177)

これは本当にそのとおり。

みんな口では、「人なんていつ死ぬかわからない」と言いながら、自分だけは平均寿命まで生きると思っている。

あした死ぬかもよ?」という現実を直視するのが怖いから、脳内安全地帯に逃げ込んで、冒険しない毎日を送っているのだ。

でも、

人生が有限だと宣告されたときに生き方が変わるのだとしたら、それまでの人生は、自分が本当に望んでいる生き方ではなかったということです。
(P177)

だから、「人生は有限、今すぐ終わってもおかしくないもの」という現実から目をそむけちゃダメなのよね。

そうすれば少なくとも、今の生活の中の優先順位は変わってくるはずだ。

私も会社員時代は、日々の仕事に追われていたけれど、優先順位を間違えない努力はしていたつもり。

そして、理想の優先順位どおりに人生を送るために、セミリタイアしたのだ。

この決断は正しかったと確信しているし、これからも確信していけるよう、毎日を楽しく過ごしていきたいものだわ。



この本の記事は今日で終わりにしようと思っていたんだけど、もうひとつ書きたいことが残ってしまった。

「やりたいことがあるかないか」という、セミリタイア生活に深く関連する話なので、明日また書くことにします。

ごきげんよう、さようなら。


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