運命の分かれ道なんてどこにひそんでいるかわからないもの。
あとで振り返って、「あの時がそうだったんだ」と気づく方が多いんじゃないだろうか。
そんなことを思わせる記事を読んだので、今日のテーマにしてみたい。
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46歳男性のカズマさん(仮名)は私とそう変わらない年齢であり、取材時期によってはもしかしたら同い年かもしれない。
彼の生き方や考え方については記事を読んでもらうとして、私がひっかかったのは上記の引用部分だ。
私は自分で言うのもなんだが、それなりの成績をもって4年で大学を卒業し、そして就職した。
しかし当時は、先輩でも同期でも留年する学生が結構いた。
中には学生生活を少しでも長く謳歌したくて、わざとダブる人もいた。
いわゆる計画留年だ。
同期の友人の中にも、せっかく大手企業の内定を取ったにも関わらず、単位を落として留年したやつがいた。
その年に起きたのがバブル崩壊だ。
それまでの売り手市場が一気に冷え込んでしまい、そいつは翌年1社も内定を取れぬまま、1年遅れで卒業した。
そして上記記事のカズマさんと同様、アルバイトで生活するハメに。
今思えばあれが運命の分かれ道となったわけだが、もしも未来が予測できたならあいつだって必死にがんばって卒業しようとしたはずだ。
しかし当時は誰もそこまで深刻には考えていなかった。
留年なんて珍しいものじゃなかったから。
私は極度の貧乏学生だったので留年なんてありえない選択肢だったけど、今考えると「貧乏でよかった」と胸をなでおろしたくなる。
そんな私にも、これまでの人生の中で岐路となった場面はいくつかある。
しかしそれだってあとになってわかったことばかり。
その時その瞬間に先の人生を読み通すなんて、そうそうできません。
だからこそ、その時その瞬間の最善を尽くすことが大切なんじゃないだろうか。
人事を尽くせばあとは天命を待つだけだ。
ちなみに、1年遅れで卒業した同期には後日談がある。
卒業直後に数回会っただけでそいつとはしばらく疎遠になっていたのだが、数年前に当時の仲間がそろう機会があった。
そいつとも十数年ぶりに再会したのだが、なんとそいつは社長になっていた!
ほかの仲間たちもびっくりしていた。
そいつは卒業後アルバイト先を転々としたのち、地元のミニ企業で働き始めた。
そこで仕事ぶりを認められアルバイトから正社員となり、さらには高齢の社長に認められて会社を継ぐことになったというのだ。
加えてそいつは結婚していたのだが、その相手というのがみんな知っている後輩のひとりで、子供も二人いるという。
なんだよ、すげー幸せそうじゃねーか。
「どうしてるんだろう」と心配していたこっちの気持ち、まとめて返してくれよ。
私と違って昔から世渡り上手なタイプだったので、どんな状況でも自分で運命を切り開いていけたんだろう。
そのバイタリティには感服せざるを得ない。
運命の分かれ道なんて自分次第、ということも教えてくれた同期なのでした。
あとで振り返って、「あの時がそうだったんだ」と気づく方が多いんじゃないだろうか。
そんなことを思わせる記事を読んだので、今日のテーマにしてみたい。
父親は霞が関のエリート官僚で、どちらかと言えば教育熱心な家庭で、身分証明を兼ねて持参してくれた中学と高校の卒業証書は、いずれも名の知れた進学校だった。しかし、「勉強は高校で燃え尽きた」と言い、大学は私大の夜間に進学。卒業前に就職先は決まっていたのだが、単位が足りずに留年が決まった。ちょうどバブル経済がはじけたころで、次年度の就職活動はあきらめ、卒業後はアルバイトや契約社員として働いた。
46歳男性のカズマさん(仮名)は私とそう変わらない年齢であり、取材時期によってはもしかしたら同い年かもしれない。
彼の生き方や考え方については記事を読んでもらうとして、私がひっかかったのは上記の引用部分だ。
私は自分で言うのもなんだが、それなりの成績をもって4年で大学を卒業し、そして就職した。
しかし当時は、先輩でも同期でも留年する学生が結構いた。
中には学生生活を少しでも長く謳歌したくて、わざとダブる人もいた。
いわゆる計画留年だ。
同期の友人の中にも、せっかく大手企業の内定を取ったにも関わらず、単位を落として留年したやつがいた。
その年に起きたのがバブル崩壊だ。
それまでの売り手市場が一気に冷え込んでしまい、そいつは翌年1社も内定を取れぬまま、1年遅れで卒業した。
そして上記記事のカズマさんと同様、アルバイトで生活するハメに。
今思えばあれが運命の分かれ道となったわけだが、もしも未来が予測できたならあいつだって必死にがんばって卒業しようとしたはずだ。
しかし当時は誰もそこまで深刻には考えていなかった。
留年なんて珍しいものじゃなかったから。
私は極度の貧乏学生だったので留年なんてありえない選択肢だったけど、今考えると「貧乏でよかった」と胸をなでおろしたくなる。
そんな私にも、これまでの人生の中で岐路となった場面はいくつかある。
しかしそれだってあとになってわかったことばかり。
その時その瞬間に先の人生を読み通すなんて、そうそうできません。
だからこそ、その時その瞬間の最善を尽くすことが大切なんじゃないだろうか。
人事を尽くせばあとは天命を待つだけだ。
ちなみに、1年遅れで卒業した同期には後日談がある。
卒業直後に数回会っただけでそいつとはしばらく疎遠になっていたのだが、数年前に当時の仲間がそろう機会があった。
そいつとも十数年ぶりに再会したのだが、なんとそいつは社長になっていた!
ほかの仲間たちもびっくりしていた。
そいつは卒業後アルバイト先を転々としたのち、地元のミニ企業で働き始めた。
そこで仕事ぶりを認められアルバイトから正社員となり、さらには高齢の社長に認められて会社を継ぐことになったというのだ。
加えてそいつは結婚していたのだが、その相手というのがみんな知っている後輩のひとりで、子供も二人いるという。
なんだよ、すげー幸せそうじゃねーか。
「どうしてるんだろう」と心配していたこっちの気持ち、まとめて返してくれよ。
私と違って昔から世渡り上手なタイプだったので、どんな状況でも自分で運命を切り開いていけたんだろう。
そのバイタリティには感服せざるを得ない。
運命の分かれ道なんて自分次第、ということも教えてくれた同期なのでした。
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