先日試写会で、5月7日に公開される、横山秀夫原作の「64 前編」を観てきた。

平成が始まる直前の、昭和64年1月に起こった誘拐事件、通称「64(ロクヨン)」を描いた警察ミステリーだ。

映画を観て、「自分の64はどうだったっけ?」と思ったので、今日の記事のテーマはそれにした。

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当時の私は大学1年生で、実家を離れて、まかないつきの学生寮に住んでいた。

ベッドと机とカラーボックスとテレビ台を置いた6畳ひと間の部屋で、初めての一人暮らしを満喫していた。

部屋にあった家電は、テレビとビデオデッキとコンポ。

映画好きだった私は、バイト代で念願のビデオデッキを購入し、レンタルビデオで借りまくっていた。

ブラウン管テレビの画面は21インチで、当時の学生は14インチが主流だったから、ちょっと大きめ。

少しでも大きな画面で、映画を観たかったのよね。

コンポにCDはついておらず、聴くのはもっぱらカセットテープだった。


当時はパソコンなんてなかったし、初めてワープロに触れたのも大学の後半だったので、この頃はまだ持っていなかった。

もちろん携帯電話なんてあるわけがなく、固定電話さえ部屋にはなかった。

学生寮の階段の踊り場に置いてある10円電話が、唯一の連絡手段だった。


64直前の昭和63年12月のことは、よく覚えている。

小樽に住んでいた私は、映画を観るためによく札幌まで足を伸ばしていた。

例年この時期に、劇場フリーパスがもらえるスタンプラリーが開催されていて、私はこのために1ヶ月のJR定期まで買っていた。

当時札幌には、封切り館から名画座まで大小さまざまな劇場が乱立していて、毎日行っても観る映画には事欠かなかった。

あれ?いつ勉強してたんだろ。


私が64を迎えた場所は、バイト先だった。

スナックでバーテンをしていた私に、大晦日のシフトが任されることとなったのだ。

当時は一番ペーペーだったので、当然の役回りだった。

実家に帰省もせず、年末も深夜まで飲んだくれるバブル真っ只中の大人たちを相手に、立ちっぱなしでひたすら働いた。

10時間以上ぶっ通しで休む暇もなかったあの日は、本当に疲れてしまって、翌日でもところどころ記憶がなかったっけ。

若かったなー、あの頃は。


バイト明けから帰省した私は、昭和のうちに学生寮に戻っていた。

大学の冬休みは1月中旬までと長かったのだが、バーテンと家庭教師のバイトが入っていたので、帰ってこざるを得なかったのだ。


そして迎えた1月7日。

朝から部屋でテレビを見ていたら、天皇崩御のニュースが飛び込んできた。

ひとつの時代が終わりを告げた瞬間だった。

そして、その日の午後には、あの有名な「平成」の発表をリアルタイムで見た。

シンプルな印象の新しい年号に違和感を感じながら、その日の夜もバイトにでかけた記憶がある。


以後の日本には自粛ムードが漂ったのだが、自分の生活にあまり関係がなかったせいか、これといって覚えているものはない。

「見たい番組がなくて、レンタルビデオに行ったよ」という人も多いのだろうけど、いつも行く私には関係なかったしね。


以上が、私の64の思い出だ。

今と比べると、アレもないわコレもないわで、なんとまあ不便だったことか。

でも、当時はあれが普通だったわけで、今が何かと便利すぎるだけなのだ。


あれからまる27年がたった。

まさか自分が会社を辞めて、セミリタイアしているとはね。

あの頃の自分よりも働かずに、自由な暮らしをエンジョイしているとはね。

でも間違いなく言えるのは、あの頃があったから、今があるということだ。

どんな小さな積み重ねだって、どんなわずかな寄り道だって、それらがなければ今の自分とは違ってしまっているはず。

今の自分に満足しているのだから、その道のりが間違っていたなんてことはないはず。


映画を観て、そんなことを考えたのでした。


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