9.12は、私のセミリタイアにおける、もっとも重要な日だ。

それは、「上司に退職を伝えた」日だから。

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そこにいたるまで、いろんな紆余曲折があった。

その結果、去年の今日、私は上司に退職を申し出たのだが、あれからもう1年が経ったと思うと、とても感慨深い。


それまでの私は、汽車に乗っていたようなものだ。

乗る駅は自分で決めたけど、乗ったあとのルートは会社任せ。

まるでミステリー・トレインだ。

それでも乗っている限りは、自分で進路を考える必要はない。

絶対権力を持つ車掌に従って、指定された席に座り、同じ車両の乗客と一緒に、進行方向を眺めていればよい。

よっぽど大きな失敗をしない限り、「降りろ」と言われることもない。

「定年」という終着駅に向かって、ただただ旅を続けるだけだ。


自分から降りようとする人なんて滅多にいないから、「私、途中下車します」なんて言っちゃったら、周りはびっくりする。

「え?なんで?」
「切符持ってるんでしょ?もったいないよ」
「降りてどうすんの?」

確かに切符は持ってるけど、座ってみたら、座り心地はかなり悪い。

それでもみんな、それぞれの理由から、我慢して座っている。

そして、「降りるよりは乗っている方がいい」という結論にいたるのだろう。


私の場合は、窓の外の景色に心奪われてしまい、「なんでここまで我慢して、こんな席に座り続けているんだろう」と思っちゃったのだ。

ひとり旅だったことも、この想いに拍車をかけた。

他の乗客は旅仲間がいて、自分だけでは決められないからね。


ただし、途中下車はデメリットが多い。

最大のデメリットは、降りたあとの移動にお金がかかることだ。

汽車に乗っている限り、交通費のことは心配しなくていいんだけど、降りちゃうと自分の足で歩かなければならない。

歩くだけでお金がかかるから、一度降りた人も、別の汽車に乗ろうとする。

でも私は、座り疲れてしまって、もう汽車に乗りたくなかった。

ずっと降りたままでいたかった。

だから、もう二度と汽車に乗らなくてもいいように、乗ってるうちからいろいろと手を打っておいたのだ。


汽車から降りても、することがないという人もいる。

ヒマを持て余してしまって、「やっぱり降りなきゃよかった」と後悔するのは嫌だった。

だから、窓から見える景色の中に、自分が強く心惹かれるものがあることを確認しておいたのだ。

汽車に乗りながらでは、やり遂げられないと思われることを。


いろんな準備をした上で、私は車掌に「降ります」と手を挙げた。

それが、去年の今日だった。


汽車に乗りたくても乗れない人が大勢いる昨今、自分から「降りる」という人は珍しい。

でも、「降りられるものなら降りたいよ」と思っている人は、結構多いはず。

その気持ちを実行に移すには、いろんな障害を乗り越えなければならない。

一番大きな障害は、「汽車は終着駅まで乗るもの」という思い込みなんじゃないのかな。

汽車に乗っている方が楽なのは、わかる。

でも、降りなきゃ得られないものもあるのよ。


今の私は、「降りてよかった」としか思えない。

1年前、勇気を出して手を挙げてよかった。

9.12は、私の人生の大きな分岐点となった日なのだ。


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