サラリーマンを23年もやっていれば、会社を辞めたくなったことは何度もある。
セミリタイアを実行するにあたって、ここにいたった心境の変化を振り返ってみたい。
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思えば入社当初から、「定年まで働かないかも」という予感が、頭の片隅にあった。
この会社には、45歳で退社する場合、退職金を上乗せしてくれる制度があったのだ。
それを知って、「そっか、嫌なら45で辞めてもいいんだ」と、気が軽くなったのを覚えている。
しかし、危機はもっと早く訪れた。
入社して5年目、都内の事務所で、私は仕事への意欲を完全になくしていた。
そこでの仕事が驚くほど面白くない上に、直属の上司が絵に描いたようなバカたれだったのだ。
仕事はできないくせに部下に当たり、5時を過ぎたら引き出しから酒瓶を取り出して、こそこそ飲み出す。
今思えば、こんなアホは上に報告すべきだったが、当時はこいつも含めて、会社に失望していた。
休日には、有楽町の北海道Uターンセンターに行って、転職先を探していた。
しかし、いい仕事なんて簡単に見つかるはずがない。
その後まもなく部署内異動があり、上司も仕事も替わったので、私の転職意欲は急速にしぼんでいった。
その後、私も人並みに結婚した。
家族ができたからには、そうそう違う道を考えることもなくなった。
しかし、結婚生活が3年でピリオドを打った。
子供もいなかったため、すっかり元のシングルに戻った。
独身生活を再開すると、金銭面でも精神面でも余裕がうまれ、結婚時代よりも生きていくのが楽になり、再婚する気がまったくない自分に気づいた。
仕事は相変わらず忙しく、お金を使うような時間はない。
そのうち、自分の将来について、脳内シミュレーションを始めるようになった。
今から10年前の話で、会社の同僚から不動産投資を勧められたのも、このあたりだ。(「私はサラリーマン大家さん」を参照)
仕事が大変だったため、退職願望は強かったが、転職したいとは思わなかった。
この頃から、現実的なセミリタイアの計画を建て始めたのだ。
この時のプランの柱となっていたのが、あの「早期退職制度」だ。
45歳で退職すると、通常の退職金に加えて、直近の基本給を3年分を支給するという、なんとも太っ腹な仕組みだった。
これがあれば、セミリタイアできる。
そう思うことが明日への活力につながり、苦しい時も前向きに、仕事に取り組むことができた。
ところが、人生にはアクシデントがつきもの。
40歳の時、頼みの綱の「早期退職制度」が、突然収束となった。
この時はあまりのショックで、本当に立ちくらみがしたほど。
私の密かな計画は、完全に白紙に戻された。
→→→「それでも私はセミリタイアする」へ続く。
セミリタイアを実行するにあたって、ここにいたった心境の変化を振り返ってみたい。
思えば入社当初から、「定年まで働かないかも」という予感が、頭の片隅にあった。
この会社には、45歳で退社する場合、退職金を上乗せしてくれる制度があったのだ。
それを知って、「そっか、嫌なら45で辞めてもいいんだ」と、気が軽くなったのを覚えている。
しかし、危機はもっと早く訪れた。
入社して5年目、都内の事務所で、私は仕事への意欲を完全になくしていた。
そこでの仕事が驚くほど面白くない上に、直属の上司が絵に描いたようなバカたれだったのだ。
仕事はできないくせに部下に当たり、5時を過ぎたら引き出しから酒瓶を取り出して、こそこそ飲み出す。
今思えば、こんなアホは上に報告すべきだったが、当時はこいつも含めて、会社に失望していた。
休日には、有楽町の北海道Uターンセンターに行って、転職先を探していた。
しかし、いい仕事なんて簡単に見つかるはずがない。
その後まもなく部署内異動があり、上司も仕事も替わったので、私の転職意欲は急速にしぼんでいった。
その後、私も人並みに結婚した。
家族ができたからには、そうそう違う道を考えることもなくなった。
しかし、結婚生活が3年でピリオドを打った。
子供もいなかったため、すっかり元のシングルに戻った。
独身生活を再開すると、金銭面でも精神面でも余裕がうまれ、結婚時代よりも生きていくのが楽になり、再婚する気がまったくない自分に気づいた。
仕事は相変わらず忙しく、お金を使うような時間はない。
そのうち、自分の将来について、脳内シミュレーションを始めるようになった。
今から10年前の話で、会社の同僚から不動産投資を勧められたのも、このあたりだ。(「私はサラリーマン大家さん」を参照)
仕事が大変だったため、退職願望は強かったが、転職したいとは思わなかった。
この頃から、現実的なセミリタイアの計画を建て始めたのだ。
この時のプランの柱となっていたのが、あの「早期退職制度」だ。
45歳で退職すると、通常の退職金に加えて、直近の基本給を3年分を支給するという、なんとも太っ腹な仕組みだった。
これがあれば、セミリタイアできる。
そう思うことが明日への活力につながり、苦しい時も前向きに、仕事に取り組むことができた。
ところが、人生にはアクシデントがつきもの。
40歳の時、頼みの綱の「早期退職制度」が、突然収束となった。
この時はあまりのショックで、本当に立ちくらみがしたほど。
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→→→「それでも私はセミリタイアする」へ続く。
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